6/25
友人と二人で、吉祥寺のあるスパゲティ屋に入った。カウンター席を前に、マスターらしき中年男性がいた。マリオというよりはルイージ似の、口髭をはやした物静かそうなマスターだ。入ってきた私たちを見つけ、諭すようにこう言った。
「…スパゲティのお店ですが…」
うん。
だから、入ったのだが。帰ってくれ、とでも言うのか。他に店員はいない。このマスターが作るのだろう。
私たちは奥の席に進んだ。客もいなかった。店内にはマスターと私たち三人だけだ。窓が大きく解放的であるが故に、静けさが際立つ。
やがて水を持ってルイージが来た。
「ご注文が決まったらお呼びください」
帰っていった。その途端、友人が吹き出した。何事かと、ルイージを見る。
すると後ろ姿が黒い短パンに長靴だった。
白いエプロンの裏はそんなことになっていた。厨房がそうとう暑いのはわかる。が、いいのか、ルイージ。シェフとして短パンはありなのかルイージ。冬でもそうなのかルイージ。
様々な憶測が飛び交う中、私たちは短パンのシェフが作ったスパゲティを初めて食べた。
6/24
「あなたのお悩みをズバリ解決!」
でかでかと、そんな看板を出している店があった。
「3誌にて好評連載中!」「的中率抜群!!」「テレビのあの人が、目の前で解決します!」
様々なうたい文句が並ぶ。
が、この店はどうやら、不動産屋らしい。キャッチフレーズとともに並ぶのはアパート、マンション、駐車場などの物件情報。なんだろう、この店は。客の希望条件より、ここの占い師的な人に運勢的な何かで、部屋とかを決められてしまうのだろうか。
今の下北沢のアパートに住む時のことだ。とにかく私は下北沢に住みたく、下北沢の不動産屋にその旨を伝えた。が、言われたことは
「豪徳寺!!どう!?商店街が充実してるんですよ〜」
いやいやいやいや、豪徳寺って?下北沢に近いとこじゃなく。ジャスト下北沢でお願いします。
「…だと、祖師ヶ谷大蔵ですかね〜」
…だと、って?さらに遠くなってるし。そんなこんなでやっと探しあてたこのアパートも8年目に入った。来年は、4回目の更新が来る。
6/23
ふてぶてしい赤ちゃんを見たことはないだろうか。
周りが騒がしく行き来してる中、街の片隅で、ベビーカーの中、
「でん」
と座っている、いや、構えていると言っていい赤ちゃんを。
まるで荒井注の往年のギャグをいいたそうな赤ちゃんを。
「なんだバカヤロウ」
何を言いたいかと言うと、舞台に立つ、基本姿勢はそうでなきゃいけないのだ。昨日お笑いライブを渋谷に見に行ってそう思ったのだ。ネタを一生懸命言おうとしたりすると、段取りになる。面白いことを言おうとすると、お客さんにそれが伝わり、受けない。何が足りないのだろう?
多分、「ふてぶてしく、舞台にいること」である。
それはきっと、「この人は何を言うのだろう?」とひきこませる、ということにつながるのかもしれない。これは、かなりの収穫だ。
舞台に立つ人間は、ふてぶてしい赤ちゃんであれ。自分に言い聞かせる。
6/22
「ホームチーム」という芸人さんがいる。コントも漫才もやる二人組だ。
オンバトDVDの、あるネタを見て一気に好きになった。結構前のネタだと思うが、紹介したい。
確か「ノリカ」というタイトルだった。この前式を挙げた、ピン芸人と結婚した女優のことではない。これはある老人と猫「ノリカ」のコントだ。猫は別に着ぐるみを着ているでもなく、見た目は普通の人間だ。どこが猫なのかというと、鳴き声だけだ。
「なああ。なああ。」
老人も猫と接しているようにふるまう。しかし途中で、この猫は、見た目通りの普通の人間であるとわかる。何故そんな猫の真似をしていたのか。理由があった。
男は殺人をして逃げていたのだ。そこで、この老人の家に迷いこむ。老人にばれないように、ばれると捕まってしまう、とっさのごまかしが猫の真似だったのである。が、老人は猫だと信じてしまい、実に三年の時が過ぎようとしていた。もう捕まらないだろう、と思う男は、今日こそ家を出ていこうと決心する。だが、三年の老人との思い出が、その決心を揺るがすのだ…。
そんなネタだ。
実にインチキなのだが、一流のインチキなのだ。「ウソ」だとわかった上で、一回信じてみて頭の中で想像して遊びたくなる。
6/21
東京の原風景と言えば藤子不二雄を筆頭にした児童漫画である。野原、土管、単調なブロック塀に土手。
有名な、ドラえもんの最終回を勝手に単行本にして、かなりの売上げをあげていた人が、最近、本家に謝罪した。サザエさんの最終回も有名な話だ。
その影響か、おばQの最終回を読んだ夢をみた。夢です。おばQの最終回なんて話題にならないだろう。が、みてしまった。夢の中の最終回は、おばQが布(?)を脱ぐところから始まった。おお、さすが最終回。そうそう、足だけはみえてんだよね、あれがめくれそうになったらやたら慌てるおばQの回があったなあ、なんて思い出しつつ、少しドキドキしながらページをめくった。普通の人間が出てきた。おばけのQ太郎、おばけじゃなかった。
自分の本当の姿をさらしたおばQは、普通の女の子に恋をする。それも二人にだ。おばQ二股だ。結局どちらも選べず、右往左往するおばQ。何だこれは。おばQ気まぐれオレンジロードか。なんのためにあの布をかぶり、正ちゃん(←確か主人公)の世話をしたのか。人間なのに消えたり、空を飛べたのは?説明も無く『オバQ恋愛編』が始まった。夢の中の私は一気に興味が失せ、パラパラとめくって、目が覚めた。
このことを知り合いに話したら、ポツリと言った。
「ドラえもんて、なんでのび太のとこにきたんだっけ?」
おばQの最終回より一気に話が盛り上がった。
6/18
私は下北沢に住んでいるが、家の近くに結構広い公園がある。
ふらっと行くと、その日はイベントをやっていた。地域で活動してる人たちのバザーや、お茶会、大道芸の人々メイン会場のステージでは、大勢の人が集まっていた。司会者らしき人が告げる。「今日は浅草よりサンバカーニバルの方々がいらっしゃってます!どうぞ!」
笛を吹く人、太鼓をたたく人、楽器隊が出てきた。一気ににぎやかになる。
私も楽しくなってきた。さあ、サンバカーニバルといえば、キラキラのビキニに、なんか長い羽根をやたらめったらつけた派手な衣装を身にまとった、女性ダンサーが目玉だ。ダンサーが出てきた!公園にはにつかない衣装だが、ダンサーの出現で、一気にクライマックスだ。
が、ダンサーはその人、一人だけだった。
その後はまた楽器隊。
ダンサー一人に、楽器隊が10人。服が足りなかったのか!服が足りなくてヤケになって激しく腰を振っているのか、あなたは!
もしかしたら他に派手なパフォーマンスがあるかもしれない。リンボーダンスや火の輪くぐり、熱いおでんを食べるとか。だが、彼女は音楽に合わせ、踊っているだけだった。
この芸ナシがあ!
そんなことまで思った。が、全ては「ダンサーが一人である」ということが問題なのである。全くもって彼女が悪いわけではない。彼女は笑顔で踊り続けていた。
私はなんだか一気に冷め、公園をぶらつき始めた。
6/14
今のアパートに住んで、8年目に入る。
大家さんは同じ敷地内にいる、優しい老夫婦だ。特に旦那さんは、いろいろ世話をやいてくれた。自転車のタイヤに空気を入れてると、「注入口のゴム、かえたほうがいいよ」と新しいのをくれたり、カゴを直そうとしたら、ネジを持ってきてくれたり。自転車をいじっていると、必ずやってきた。ある日、白い自転車のフレームが一部分、銀色になっていた。あれ?と思っていると、旦那さんがやってきて、「錆びてたから、塗っといた」このままいけば、新しい自転車を買ってくれるんじゃなかろうか。私は思った。
旦那さんは、ちょうど一年前、他界した。下北に引っ越してくる時、買った自転車。くたびれてはいるけど、旦那さんのお陰で、まだまだ使える。これからもお世話になります。
6/10
最近、「年なのか」と思うことがある。実際、いい年だから仕方ないのだが、やはり敏感になる。一番気をつけているのは「物忘れ」だ。
リンスがきれてたのに、間違ってシャンプーを買ってきた。家にはシャンプーが二本に。いつも置いてある場所にセロテープはないのに、何度も何度も手を伸ばす。見たい番組を予約したのに、出かけにビデオのコンセントを抜いてきた。
これらは「物忘れ」ではない。
「細かいことを気にしなくなった」のだ。
便座の上のふたを上げずに用をたそうとしたことがあった。これは「物忘れ」ではなく、単なる「ドジ」だ。これをやってはかっこ悪い。それなら、いさぎよく「物忘れ」ていった方がマシだ。
6/7
朝の6時、私はお巡りさんと一緒に自転車を走らせていた。
自転車を使う人ならご存知であろう、防犯登録の確認。もう何千回と止められた。嫌な予感はあった。交差点で彼が見えた時、まさか、とは思ったのだ。朝からそんなことをしてる暇はないだろう。
が、「ちょっといいですか?」爽やかな声だった。若い、スポーツ刈りのお巡りさんだった。私は自転車をとめなかった。「仕事に間に合わないから、無理無理。」本当にギリギリだったのだ。すると、凄い勢いで向こうも自転車に乗り追いかけてきた。
「少しでもないですかね?」
「うん、ないね〜」
「どこまで行くんですか?」
「駅まで行って、電車に乗るんです」
「う〜ん、そうですかあ、そうですかあ」
笑顔で必死にくいさがる彼。朝もやの中、下北の街をお巡りさんが伴走。なんなんだ、これは。
「じゃあ、あとで調べさせてもらうので、住所とお名前だけいいですか?」
駅の近くに自転車を置き、住所と名前を告げ、すぐに駅に走りだした。
「どうも、ありがとうございましたー」
私の背中に容赦なく、爽やかな声がささった。
何故だろう、何かをやり遂げた感じがあり、少し爽やかになっている私がいた。
6/5
だし巻きが床に落ちている。幅5cm長さ20cmくらいの黄色い物体が黒い床に落ちている。
「ああ…」しばしみつめる私。
「すいません、店長。だし巻き、落としました。」33歳になって、だし巻きで謝罪することになろうとは、人生とは恐ろしいものだ。
「ああ…」と私よりふたつ年下の店長。無言で黄色い物体を拾いあげ、ごみ袋に捨てた。私も新しいだし巻きをとりだし、すぐに作業にとりかかる。私は今、和食系の惣菜屋でバイトをしている。だし巻きは10等分して、お弁当に入れる。厨房には様々なものが床に落ちている。椎茸。山芋。いんげん。ある日、厨房に行ったら何か靴底にぐにょぐにょした感じがあった。なんか黒い、直径5cmくらいのまるい弾力性のあるかたまりがくっついている。
ご飯だ。
誰からも拾われず、踏まれ続けられたのであろう。床と同化しきれない黒さがまた、同情をひく。かつてのまっ白い、輝きのあるご飯の栄光はどこへやらだ。
「…何、これ?」
「…ああ。」
私より10歳は下のバイトの女は言った。「ご飯でしょ。」の部分は省略され、私も無言で靴底からその物体をつまみとり、ごみ袋に投げいれた。落ちたものは食材ではない。黒いご飯を「おいしいお弁当」として出すわけにはいかない。
ある大手の芸能事務所のオーディションでは、あまりに応募が多いので、何かの拍子に机から落ちた履歴書は、運がなかったとしてそのまま不合格になる、という話を聞いたことがある。ふと、そんなことを思い出した。
人生にはそういうことが渦巻いている。
6/4
初めて一人で東京に来た10代のころ池袋で、お金をくずしたくなり、だけど何かを買ってくずしたくはなく、どうしようと思っていた時、ゲームセンターがあった。あ、ゲームセンターなら両替機があるだろう、すぐに入って、両替機に千円いれた。
小さい紙きれが出てきた。
100円がいっぱいでてこず、小さい紙きれがでてきた。
まわりはゲームセンターならではの騒々しい音でみちあふれていたはずなのに、一瞬、無音になった。東京とはそういうものなのか。両替は紙きれになってでてくるものなのか。恐ろしい、やっぱり東京はこわいところだ。10代の私は途方にくれた。が、よく見るとそれは両替機ではなく、その横にあるアトラクションの乗り物券発行機だった。どんな乗り物かは忘れたが、並んでいるのはほとんどカップル。その中に大荷物をもち、一人乗車しようとする私がいた。払い戻しとかは考えることができない、気弱な私であった。
6/3
「一本ずつ、くださる?」
私はその言葉を理解しようと、ありとあらゆる想像力を働かせた。が、どうしても理解できなかった。バイト先の惣菜屋での話だ。「一本」と呼べるのはその商品しかなく、お客さんもそれを指差し、そう言ってきた。が、「一本ずつ、くださる?」というのだ。何かがおかしい。その言葉だけが何度も何度も繰り返され、私は頭の中で迷路に入った。そして、その後こう言ってきた。
「二本ほしいんだけど」
それだ!!それがなかったのだ!もう、勘弁してくださいよお客さん!ちゃんと話す順序、考えましょうよ〜。今一瞬頭ん中、コスモ広がったよ?このやりとりはほんの数秒の出来事だ。しかし、私はあの、頭の中がまっ白になる、というのか、一気に想像力を膨らませて理解しようとする、瞬間が好きだ。
この前、冷凍庫をあけたら、レトルトのカレーがカチンカチンにかたまってでてきた。やはりコスモが広がった。そのかわり、いつもレトルトなどをおいておくところに、てろてろになった冷凍食品があった。一緒に買ってきて、逆に入れてしまったらしい。いつコスモがひろがるか、日常のブラックホールにおちいるかはわからない。が、なぜか私はあの瞬間が好きだ。
6/1
昨日の続きだが、そう「ニンニンちくび新聞」だ。
・・・確かに新聞の名前としてはインパクトがある。全く意味がわからないが。さらにその提案は他の子供たちにも受け入れられ、「そうしよう、そうしよう、わーっ」と仮面ノリダーで実は周りの人たちがショッカーだった、というリアクションがでたかどうかは知らないが(例えが古い)、それにしよう、と盛り上がったらしい。
しかし、案の定先生が許可をせず、ボツになったということだ。
私も小学校の時は壁新聞が好きで作っていた。中学校でもクラスの新聞係をかってでて、作っていたくちだ。
「ニンニンちくび新聞」
確かに子供には魅力的なネーミングかもしれない。意味はわからないが、不思議とひかれる。「今日、一緒に飲むからそれだけは聞いてくるよって言ったんだ」しかし、私は答えることができず、知り合いは「そうかあ」というだけだった。また家に帰ったらきかれるのだろうか。それを想像しただけでも、知り合いには悪いがほのぼのしてしまう私がいた。
5/31
「ところでニンニンちくびって何なの?」
出演したネットラジオ「ニンニンちくび」を聞いて(見て)くれた知り合いが、きいてきた。
「…え〜っと、意味…??」
何故そんなことをきくのかには、訳があった。知り合いといっても、40代の家庭をもった、私なんかからみれば「ちゃんとした」人だ。ある演劇関係のWSで知り合い、それから毎回私の舞台をみにきてくれて、今はもっぱら何かしらあると一緒に飲んでもらっている。その時は渋谷で飲もう、ということになり、ある焼き鳥屋で「この前の番組みたよ」という話になり、そうきかれた。知り合いはその番組を奥さんと娘ふたり、家族4人で布団にくるまりながらみていたそうで(放送は土曜の朝、7〜8時だったのだ)、その光景を思い浮かべただけでも、ほほえましい。
が、だ。
やってる番組名は「ニンニンちくび」。
番組名を聞いただけではっきりと「土曜のゆっくりとできる朝、家族4人で布団にくるまりながらみてください」というようなコンセプトの番組ではないことがわかる。さらにその日はスペシャルで24時間放送、副題として「愛はちくびを救わない」というのもくっついていた。それを家族でみた、という知り合いには、なんとも複雑な気持ちになってしまう。が、だ。その番組をみてから、小学校4年生の上の娘さんが、番組名がやたら印象に残ったらしく、毎日のように「ニンニンちくびって何?」と聞いてくるらしい。知り合いは「学校で先生に聞きなさい」と答えて奥さんに叱られたそうだ。さらに家庭だけには止まらず、学校で壁新聞をつくろう、ということになった娘さんが新聞の名前に「ニンニンちくび」と提案したそうだ。(続く)
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